#1-いつか夏の日に-
夏になると思いだすことがある。
あれは何年前のことだったか。
私がとある病院で看護婦……いや、今は看護師と言わなくてはいけないのだったか、
とにかく、病院で働いていた時のはなし。
当時私は新人で、とある患者を担当していた。
ずっと昔にあった戦争の生き残りで、30年間ずっと眠り続けた人だった。
戦争が終わった後、まだ少年だった頃に、当時の院長先生に助けられたのだという。
私は彼が亡くなるほんの数年の間だけしか彼のことを看ていなかったけれど、
確かに彼は一度も目を覚まさなかった。
もしかして、もう死んでしまっているのでは、と何度も思ったが、心電図はゆっくりと、
でも確実に彼の心拍を刻んでいた。
彼が亡くなってから、もうずいぶんと長い時が経った。
まだ若い娘だった私はいつの間にか結婚して、母親になって、そして今日、お祖母ちゃんになる。
娘が子供を産むのだ。
生まれる子を見に行くために、私は今、バスで病院に向かっている。
バスに乗っても、騒々しい蝉の声が聴こえてくる。夏真っ盛りだ。
だから、あの人のことを思い出したのかもしれない。
あの人が亡くなったのも、こんな暑い夏だった。いや、夏はそろそろ終わりかけだったか。
どうにも記憶が曖昧なのは、あの人の病室だけ妙に静かだったからかもしれない
まるで時が止まっているかのように、あの病室は静かだった。
ただ時折、風に揺られる風鈴の音が涼やかに響いているだけで……
そうだ。風鈴だ。
彼のいた病室には風鈴がついていて、
私が病室の窓を開ける度にちりん、ちりん…と音を立てていた。
まるで優しく語り掛けてくるかのような、穏やかで、美しい音だった。
眠り続けていた彼に、あの音は届いていたのだろうか。
届いていればいいな、と思う。
何故ならあの風鈴は、彼のためにつけられたものだったから。
当時、彼が発見された時。
彼の傍にもう一人、すでにこと切れていた少年がいたという。
いずれ彼が亡くなる時に、その少年が迎えに来るだろう。
その時に、決して迷うことがないように、道しるべになるように。
そんな願いを込めて、院長先生は風鈴を付けたのだという話を聞いた。
……本当に、あの風鈴が道しるべになったのかは分からない。
ただ、彼が亡くなる少し前、その風鈴は妙に頻繁に鳴っていたように思う。
別段風の強い日でもなかった。
でも、風鈴は鳴り続け、そして、彼は亡くなった。 とても穏やかな顔で。
嗚呼、そうだ。
このお話を、今日生まれてくる孫に教えてあげよう。
私が以前勤めていた病院の、小さな風鈴のはなし。
「大切な人」を導いてくれる風鈴のおはなし。
いつかこんな暑い夏の日に、こっそりと教えてあげよう。
そうして語り継いでいくことが、あの日彼をみとった私の役目なのではないかと思う。
夏が来ると、必ず思い出すことがある。
それは、とても優しくて穏やかな風鈴の音。
まるで誰かを呼ぶように鳴り続ける、小さな小さな、道しるべ。
#2-風鈴の病室-
病院の廊下を歩いていると聴こえてくる蝉の声。
室内に居ても降り注ぐその声を聴くたびに、「ああ、夏が来たなぁ」なんて感じる。
夏が来ると必ず思い出すことがある。
それはこの病室のおはなし。
幼い頃、おばあちゃんが教えてくれたおはなし。
おばあちゃんは昔、私と同じように看護師をしていたのだという。
その看護師時代、それも新人だった時に担当した不思議な患者さんのおはなしを、
おばあちゃんはこんな夏の日に私にしてくれた。
むかしむかしに戦争があって。
そこで生き残った男の子と、すでにこと切れていた男の子が一人、後にこの病院ができる場所の近くで発見された。
その生き残っていた男の子のためにこの病院はつくられ、そして彼は眠りについたまま30年の時を生きた。
……その男の子が眠っていた場所が、今私がいるこの病室。
誰が呼び始めたか、いつの間にか「風鈴の病室」と呼ばれるようになったこの病室は、
窓に小さな風鈴がつけられていて、窓をあけるとちりん、ちりん、と小さな音をたてる。
どこか不思議と懐かしい気持ちになる音色で、この音が聴きたくて、今はもう使われていないこの病室に度々足を運んでしまう。
この病室は、その30年生きた男の子が亡くなった後、誰にも使われていない。
理由は分からないけれど、たくさんの入院患者を受け入れたときも、この病室だけは使われることがなかった。
ここはとても特別な場所なのだろうと思う。
おばあちゃんも言っていた。
あの病室は、ひどく静かで、とても神聖な場所だったのだと――……
何故この風鈴がつけられたのか。
それは、その男の子がいつか死んでしまうときに。
傍ですでに眠っていた男の子が迎えにくるだろう。
そのときに、決して迷わないように。
道しるべになるように。
そんな願いを込めて、この風鈴はつけられたのだという。
おばあちゃんはこの風鈴を、「大切な人を導く風鈴」だと言っていた。
そして同時に、私にこういった。
このお話を、ずっとずっと、語り継いでいくんだよ。
自分の子どもや、孫。何なら、いつかくるこの病室の患者でも構わない。
とにかく、このおはなしを、誰かの記憶の中に、生き続けさせるんだよ。
そうすることが、私たちの、役目なのだから――……
夏がくると思いだすことがある。
それはおばあちゃんが、優しい声で教えてくれたものがたり。
きっと永遠に語り継がれる、小さな道しるべのおはなし。
いつかこんな夏の日に、私も誰かに、そっと語って聞かせてあげよう。
#3-少年ノ旅路-
――風鈴が、鳴る。
時がただ過ぎていくだけの、この静かな病室で。
音は時を超えて、再び「僕ら」を導くだろう。
ねえ、君の記憶の中で、生きさせて。
そうすれば僕はきっと、また君を見つけ出せるから。
これは、永遠に続く「約束」のものがたり。
君に出会うため、僕は今日もこの音を頼りに旅を続ける
・・・ 企画 ・・・
elpis.
・・・ 脚本 ・・・
奈緒弥
・・・ イラスト ・・・
yanao
・・・ 朗読 ・・・
湊マコロー
・・・ Thanks ・・・
十八回目の夏
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